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福岡高等裁判所 昭和35年(う)1585号 判決

控訴人 被告人 吉井大可 外四名

検察官 得津良之助

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に編綴の弁護人免出礦(被告人吉井大可、同丸野阿蘇男、同辻元光、同石崎日出男関係)、弁護人荒木新一(被告人丸野阿蘇男関係)、弁護人高良一男(被告人福山嘉吉関係)各自提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人免出礦の控訴趣意第二、一、1、について。

所論は、原判示(被告人吉井大可外三名関係の判決、以下同じ)第二、(一)の電気洗濯機は被告人吉井大可が被告人福山嘉吉の妻ツヨに贈つたもので、同被告人に対しその職務に関して供与したものではないと主張する。

しかし原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人吉井大可は有限会社吉井タクシーの発起人代表として昭和三〇年三月二五日頃福岡陸運局長宛の一般乗用旅客自動車運送事業経営免許申請書を熊本県陸運事務所に提出していたところ、右申請書の形式的審査、福岡陸運局長に対する進達、調査回答等の職務権限を有する同事務所長たる被告人福山嘉吉が電気洗濯機を欲しがつていることを聞知したので同被告人にこれを贈つて右営業免許に関し便宜な取計いを受けようと考え、同年七月頃電気洗濯機一台を三輪車に積んで自ら同被告人の自宅に赴き、同被告人不在のためその妻ツヨに対し「隈府の吉井ですが電気洗濯機を持つて来ましたから使つて下さい、御主人に宜敷伝えて下さい」と申向けてこれを贈呈し、以て被告人福山嘉吉に対しその職務に関して電気洗濯機一台を供与した事実を肯認するに十分である。右洗濯機が留守居をしていた被告人の妻に手渡され且つ専ら同女がこれを使用する立場にある一事を捉えてその供与を受けたものが同被告人でなくして妻であるとする所論は、被告人吉井大可の真意に目を蔽い外形に捉われた形式論理たるの譏を免れない。記録を精査しても原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二、一、2、について。

所論は、原判示第二、(二)、(三)の現金二万円と一万円はいずれも被告人吉井大可が熊本県陸運事務所の接待費その他の諸経費に充てるため同事務所に寄附したものであつて被告人福山嘉吉に供与したものでないと主張する。

しかし原判決挙示の関係証拠によれば、被告人吉井大可はかねて熊本県陸運事務所に提出していた福岡陸運局長宛の一般乗用旅客自動車運送事業経営免許申請が昭和三〇年八月三一日附を以て免許されたので、これに対する謝礼並びに将来便宜な取計いを依頼するための謝礼として同所長たる被告人福山嘉吉に現金を贈ることとし、同年一一月上旬同事務所に赴き輸送課庶務係長村田幸雄に対し「免許になつて色々御世話になりました、これで所長さんあたりと一杯飲んで下さい」と申向け金二万円を渡してこれを被告人福山嘉吉に手交させ、更に同被告人に「村田さんにお願しておきましたから一緒に飲みに行つて下さい」と申向け、以て右村田幸雄を介し右被告人に対してその職務に関し金二万円を供与した事実及び昭和三一年三月一三日頃同事務所に有限会社吉井タクシーの小型車輛一台増車に伴う事業計画変更認可申請書を提出したところ同月一六日認可になつたので、右所長たる被告人福山嘉吉に対しその謝礼等として現金を贈ることとし、同年四月三〇日頃同事務所に赴き庶務係長村田幸雄に対し「その節は増車のことで色々御世話になりました、所長さん方々と一杯飲んで下さい」と申向けて金一万円を渡して同被告人に手交させ、以て同人を介し右被告人に対してその職務に関し金一万円を供与した事実をそれぞれ肯認するに十分であり、右金二万円の供与が免許の日から二ケ月以上経過の後であることや右各金員が庶務係長村田幸雄を介して手交されたことは未だ以てそれが被告人福山嘉吉に対しその職務に関してなされたことを否定すべき資料とはなし難い。記録を精査しても村田幸雄の検察官に対するこの点に関する供述が所論の如く捜査官の誘導によるものとは認められずその他右供述の任意性、信用性を疑うべき事情は見出し難く、原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二、二及び弁護人荒木新一の控訴趣意について。

所論は、いずれも原判示第三の三万円は被告人丸野阿蘇男が被告人福山嘉吉個人に供与したものではなく、庶務係長村田幸雄の要求により熊本県陸運事務所に機密費として寄附したものであると主張する。

しかし、記録を精査し原判決挙示の村田幸雄の検察官に対する各供述調書、裁判官の同人に対する起訴前の証人尋問調書を仔細に検討すれば、右各調書の信用性を疑うべき事情は見出し難い。そして挙示の関係各証拠就中前示各調書によれば、被告人丸野阿蘇男は昭和三〇年七月二五日頃熊本県陸運事務所に福岡陸運局長宛の一般乗用旅客自動車運送事業免許申請書を提出していたところ、同年一一月一六日頃その免許を受けたので同月下旬頃同事務所の関係係官にお礼に廻り、次いで熊本市本山町楠風旅館に同所長たる被告人福山嘉吉を尋ね前示免許のお礼を述べて御馳走した上、更に免許の謝礼として同被告人に現金を贈ることとし、庶務係長村田幸雄に対し「免許に色々御世話になりましたからこれを所長に取次いで一杯飲んで下さい」と申向けて現金三万円入の封筒を同人に渡し、同人は翌日同事務所において右の旨を被告人福山嘉吉に伝えて右三万円を手交し、かくて被告人丸野阿蘇男は村田幸雄を介して被告人福山嘉吉に対しその職務に関して金三万円を供与したものにして、これを同事務所にその機密費として寄附したのではない事実を肯認するに十分である。所論はいずれも原審の採用しない証拠に基き原審が適法になした事実認定を論難するもので採用し難く、原判決に所論の如き採証の誤、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

弁護人免出礦の控訴趣意第二、三について、

所論は、原判示(被告人石崎日出男関係の判決)二万円は被告人石崎日出男が村田幸雄に貸与したもので、被告人福山嘉吉に対しその職務に関して供与したものではないと主張する。

しかし原判決挙示の各証拠によれば、有限会社双葉タクシー代表取締役たる被告人石崎日出男は同業者入江タクシーの進出に対抗するため熊本市古城堀端町の国立病院前に営業所を新設する計画を立て昭和三二年二月一八日頃該営業所新設に伴う一般乗用旅客自動車運送事業計画変更認可申請書を熊本県陸運事務所に提出していたので翌一九日頃同事務所に赴き右認可につき便宜な取計いを依頼するため同所長たる被告人福山嘉吉に現金を贈ることとし、庶務係長村田幸雄に対し「営業所新設のことでお世話になりますからこれを所長にやつて下さい」と申向けて現金二万円入の封筒を渡し、同人は翌日同事務所において右被告人に右の旨を伝えてこれを手交し、かくて被告人石崎日出男は被告人福山嘉吉に対しその職務に関して金二万円を供与した事実を肯認するに十分である。なるほど、被告人石崎日出男、同福山嘉吉及び村田幸雄の司法警察員に対する各供述調書を検討すれば、いずれも所論の如き供述の変遷と相違のあることは否み得ないが、記録を精査すれば該事実は未だ以て被告人石崎日出男、村田幸雄の検察官に対する各供述調書、裁判官の同人に対する起訴前の証人尋問調書の任意性、信用性を疑うべき資料とはなし難く、その他かかる疑をさしはさむべき事情は見出し得ない。原判決に所論の如き採証の誤、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二、四について。

所論は、原判示(被告人吉井大可外三名関係の判決)第一の二万円は授受されていないのに拘らず原判決は被告人辻元光と被告人福山嘉吉の検察官及び司法警察員に対する虚偽の各自白を採用してこれを肯定し、しかも憲法第三八条第三項に違反し被告人本人の自白のみによつて犯罪事実を認定した違法があると主張する。

よつて記録を精査するに、被告人辻元光、同福山嘉吉はいずれも原審第六回公判において両名が原判示現金二万円を授受したことは相違ない旨を自白しており、只その趣旨を争い熊本県陸運事務所の経費に充てるためのものであつたと弁解しているのであり、所論の如き不純な動機から右自白をしたものとは認められない事実並びに被告人辻元光は司法警察員の四回に亘る取調と検察官の取調に際し終始一貫して営業免許の謝礼等として司荘において福山嘉吉に現金二万円をやつた旨自白している事実を参酌して、右各供述調書及び被告人福山嘉吉の検察官に対する自白の供述調書を仔細に検討し、更に原審証人浜崎喜一の証言を併せ考察すれば、捜査官が右被告人両名の取調に際し所論の如き強制、脅迫、誘導、甘言等を用いて虚偽の自白を求めた形跡は見出し難く、その他右各供述調書の自白の任意性、信用性を疑うべき事情は窺われない。そして、原判決挙示の関係各証拠によれば被告人辻元光は富士タクシー株式会社発起人代表としてさきに熊本県陸運事務所に提出していた福岡陸運局長宛の一般旅客自動車運送事業経営免許申請が昭和三〇年五月一二日附を以て免許されたので、同月下旬同事務所に赴いて同所長たる被告人福山嘉吉に免許の謝辞を述べた後、同被告人を熊本市上追廻田畑町の旅館司荘に招待した上右営業免許の謝礼や今後タクシー営業につき便宜な取計いを依頼する趣旨を以て同被告人に対し「これは私のほんの志だけですがお礼のしるしですから納めて下さい」と申向けて白紙包の現金二万円を手渡し、以て同被告人に対しその職務に関して右金二万円を供与した事実を肯認するに十分である。そして原判決は被告人辻元光の検察官に対する自白の供述調書以外に相被告人福山嘉吉の検察官に対する自白の供述調書等を補強証拠として右事実(原判示第一事実)を肯定したものであつて、被告人辻元光本人の自白のみによつて有罪を認めたものではないから、憲法第三八条第三項違反の違法は存しない。記録を精査しても原判決に所論の如き採証の誤、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

弁護人高良一男の控訴趣意第一点(一)について。

所論は、一般乗用旅客自動車運送事業経営免許申請等についての熊本県陸運事務所長の権限は申請書の形式的審査、陸運局長に対する進達、認可書の交付にとどまり同所長の自由裁量権はなく、また認可に際して被告人福山嘉吉が側面より運動した事実もないと主張する。

しかし、同被告人関係の原判決挙示の関係証拠就中俵口東海の検察官に対する供述調書によれば熊本県陸運事務所長は福岡陸運局長宛に提出される一般乗用旅客自動車運送事業経営免許申請書、事業計画変更認可申請書の受理、形式的審査、同局長に対する進達のみならず、右申請事項に関する同局長の照会に対する調査回答及び熊本県知事宛に提出せられる車両増減に伴う事業計画変更認可申請に関する審査及びこれが認可の代決権限を有していた事実が認められるから、右申請者において陸運事務所長たる被告人福山嘉吉に対し申請事項につき便宜な取計いを依頼する余地がないとはいい難く、同被告人が陸運局長の認可が得られるよう積極的に運動した事実がないとしても、これを以て直ちに同被告人に対する賄賂の供与も否定すべき資料とはなし難い。論旨は理由がない。

同控訴趣意第一点(三)、1、について。

所論は、原判示(被告人福山嘉吉関係の判決、以下同じ)第一の現金二万円については被告人福山嘉吉は被告人辻元光よりこれを受取つたことなく、この点に関する右各被告人の捜査官に対する自由は虚偽のものであり、また仮りに右現金の授受がなされたとしてもそれは熊本県陸運事務所に対する寄附金であると主張する。

本論旨に対する判断は、弁護人免出礦の控訴趣意第二、四に対する判断と同一であるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点、(三)、2について。

所論は、電気洗濯機は一般乗用旅客自動車運送事業免許申請書を提出してより四ケ月を経過し該手続が被告人福山嘉吉の職務権限と全く離れた時期において贈られたものであるから、収賄罪を構成しないと主張する。

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば原判示第二の電気洗濯機は一般乗用旅客自動車運送事業経営免許申請書を熊本県陸運事務所に提出していた被告人吉井大可が、右免許に関し同所長たる被告人福山嘉吉の好意ある取計いを依頼する趣旨を以て同被告人に供し、同被告人も亦該趣旨を察知してこれを収受したものであり、しかも申請後四ケ月を経過し当時右申請書が既に福岡陸運局長に進達されていたとしても、未だ免許前であつて同被告人はなお同局長の調査依頼に回答し或は免許書を交付する等の職務権限を有していた事実が認められるから、同被告人はその職務に関して右電気洗濯機を収受したものと断ずべきのみならず、仮りに右免許手続が終了し同被告人の関与する余地がなくなつた後においてその供与を受けたとしても、同被告人は右申請書の受理、進達、調査回答等の職務権限を有し、しかも前記供与の趣旨を察知していたものであるから、その職務に関してこれを収受したものといわねばならない。原審が被告人の右所為を収賄罪に問擬したのはまことに相当であり、原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第一点(二)及び(三)、3、について。

所論は、原判示第三の二万円及び第五の三万円はいずれも被告人福山嘉吉に供与されたものではなくて、当時熊本県陸運事務所は会議費や接待費の捻出に困つていたのでその財源に充てるため同事務所に寄附されたものであると主張する。

しかし、原判決挙示の関係各証拠によれば原判示第三、第五のとおり被告人福山嘉吉の収賄の各事実は優に認められ、原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。なお詳細については弁護人免出礦の控訴趣意第一、一、2及び同弁護人の控訴趣意第二、二、弁護人荒木新一の控訴趣意に対する前示判断により諒解すべきである。

同控訴趣意第二点、1、について。

所論は、被告人福山嘉吉は被告人吉井大可が小型車両一台増車について事業計画変更認可申請書を提出したこと及びそれが認可されたことを知らなかつたものであるから、原判示第四の一万円が同被告人の職務に関して授受されるいわれはなく、仮りに然らずとするも右一万円は熊本県陸運事務所に対する寄附であると主張する。

なるほど被告人吉井大可の認可申請に対する一般乗用旅客自動車運送事業計画変更(小型一両増車)認可についてと題する熊本県陸運事務所の書面(証第一号)によれば、該認可は所論の如く当日所長たる被告人福山嘉吉不在のため輸送課長富安昭哉が代決したものなることが認められるけれども、右書類の決裁欄における不在後覧という記載に徴すれば同被告人は後日これを閲覧して右申請と認可を諒承していたことが看取される。のみならず、原判決挙示の関係証拠就中村田幸雄の検察官に対する供述調書。裁判官の同人に対する起訴前の証人尋問調書、被告人吉井大可の検察官に対する供述調書によれば、被告人吉井大可は昭和三一年三月一三日熊本県陸運事務所に提出していた熊本県知事宛の有限会社吉井タクシーの小型車両一台増車に伴う事業計画変更認可申請が同月一六日認可になつたので、同所長たる被告人福山嘉吉にその謝礼をなすこととし、同年四月三〇日頃同事務所に赴き庶務係長村田幸雄に対し「その節は増車のことで色々御世話になりました、所長さん方々と一杯飲んで下さい」と申向けて金一万円を渡したので同人は即日同被告人に右の旨を伝えて該一万円を手交した事実が認められるから、同被告人は右金員を収受した際それが被告人吉井大可の増車に伴う事業計画変更申請認可に対する謝礼であることを察知していたものというべく、しかして、右輸送課長富安昭哉がした前記認可は本来熊本県知事の認可代決権限を有する熊本県陸運事務所長たる被告人福山嘉吉の権限を代行したものであるから、同被告人はその職務に関して右一万円を収受したものといわねばならない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点、2について。

所論は、原判示第六の二万円は被告人石崎日出男が村田幸雄に貸与したものか、然らずんば同被告人が熊本県陸運事務所に寄附したものであると主張する。

本論旨に対する判断は、弁護人免出礦の控訴趣意第二、三に対する判断と同一であるからこれを引用する。

同控訴趣意第三点、1、について。

所論は、原判示第七の金七万円は被告人福山嘉吉が熊本県陸運事務所に雑役務費として配付された一〇万円中より福岡陸運局の諒解を得て必要経費である接待費に流用したものであり、しかもこれは同一目内の細目間の流用で同被告人の権限に属し、同被告人はかかる流用が許されたものと信じていたのであるから、違法の認識を欠き横領罪を構成しないと主張する。

しかし、原判決挙示の関係各証拠によれば被告人福山嘉吉は上級官庁よりの来客の接待以外に個人的に頻りに料亭旅館に出入して遊興飲食しその支払資金の捻出に窮していたところ、昭和三〇年一二月下旬頃庁用自動車修理費予算一〇万円が配付されたので、輸送課長富安昭哉、庶務係長村田幸雄と相図り内金七万円を当時未払となつていた右遊興飲食費の支払に充てることとし、両名に指示して九州産業交通株式会社係員に依頼して熊本陸運事務所が同会社に庁用自動車修理費一〇万円を支払つた旨の虚偽の修理見積書、請求書、領収書等を作成して貰つて右予算を現金化した上、内金三万円を熊本マツダ自動車販売株式会社に対する庁用自動車修理残金の一部支払に充て、その残額七万円を被告人の前示遊興飲食費に支払わしめた事実が肯認されるから、該金員につき被告人が業務上横領罪の責に任ずべきは多言を要しない。なるほど、記録によれば当時熊本県陸運事務所に対しては接待費の予算配付がなく、上級官庁よりの来客に対し、公費を以て接待できなかつたことは否み得ないが、かかる来客を料亭、旅館等に招待して饗応することが当時同事務所の業務運営上不可欠の必要事であつたと認むべき根拠がないから、自動車修理費を右接待費に流用支出した事を以てもとより同被告人に不法領得の意思がなかつたものと断定し得ないのみならず、原判決挙示の関係各証拠に当時同被告人が頻りに料亭、旅館に出入して個人的に遊興飲食し種々策を弄してその支払資金を捻出していた事実を併せ考察すれば、同被告人が上級官庁よりの来客を料亭、旅館に招待して饗応したとしても、それは自己の放慢専恣な遊興飲食の一環としてさして必要もないのに接待に藉口して飲食したものと断ずるのが相当である。従つて本件七万円を以て支払に充てられた遊興飲食費中に被告人の個人的飲食費の外、仮りに右接待費と称するものが多少含まれていたとしても、該支払がすべて横領罪を構成することに変りはないのである。

そして、挙示の証拠によれば同被告人が自動車修理費をかかる飲食費や接待費に流用することを福岡陸運局が予め諒承していた事実は認め難く、被告人においてかかる流用が予算の操作として許されるものと信じていたとしても、それは単なる法律の錯誤というべく違法の認識は犯意の成立要件ではないからかかる事由は毫も横領罪の成立に消長を及ぼすものではない。記録を精査しても原判決に所論の如き擬律錯誤、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第三点、2、について。

所論は、当時熊本県陸運事務所には係官が不足し自動車臨時運行許可申請事務が渋滞していたので、被告人福山嘉吉は専ら右事務を促進するため業者に実情を打明け右申請に際し正規の手数料の外に五〇円の出捐を受けこれを以て別に係員を採用して申請事務を処理して来たものであり、かかる行為が罪となるとは夢想だにしなかつたもので違法の認識を欠いているから、第三者収賄罪は成立しないと主張する。

しかし、原判決挙示の関係各証拠によれば原判示第八事実は優に認められ、更に右証拠に原審において取り調べた広田友春の検察官に対する供述調書、村田幸雄の司法警察員に対する昭和三二年三月二〇日附供述調書を参酌してこれを敷衍すれば次の各事実が認められる。すなわち

熊本県陸運事務所においては従来自動車臨時運行許可申請に関する事務処理が渋滞し勝ちであつたため、同所長たる被告人福山嘉吉は正規の係官以外に一名の係員を置いてこれが事務処理を促進させることとし、その財源を捻出するため右申請をすべて熊本自家用自動車組合を経由させ且つ申請に際しては正規の手数料以外に普通自動車一台につき五〇円、自動二輪車一台につき二五円、軽自動車一台につき一〇〇円を右組合に納入させて組合より係員増員費用の補給を受けることとし、昭和三〇年三月同事務所に自動車販売業者等十数名を集め右の旨を告げてその承諾を得たのである。しかして爾来業者はすべて右組合を経由して同事務所に自動車臨時運行許可申請をなし、申請の都度正規の手数料以外に二五円乃至一〇〇円を同組合に納入し更に組合は該収入金より係員一名分の費用を同事務所に提供し、同被告人は該提供金を以て係員を採用して自動車臨時運行許可申請事務の処理に当らしめて来たのである。ところが、同被告人は自己や同事務所職員の正規に認められない交際費、飲食費等の額が著しく嵩んだためその捻出を図り右組合の法定外収入金の全額を同事務所に供与させようとし、同年一二月中旬より自動車臨時運行許可申請を一切前示組合を経由しないで直接同事務所になさしめてこれを許可すると共に、申請人が納める多額の右法定外収入金をすべて同事務所に供与させた上、該金員中より右組合に毎月一万円を配分し且つ係員一名の給料を支払う外、その大部分を挙げて自己や同事務所職員の正規に認められない飲食費、交際費等の支払に充当して来たのである。また一方、各自動車販売業者等が自動車臨時運行許可申請に際し正規の手数料以外に前示金員を同事務所に供与した所以のものは畢竟自己が提出する自動車臨時運行許可申請に対し可及的速かにその許可を得んがための謝礼の趣旨に外ならなかつたものであり、また同事務所長たる被告人福山嘉吉はその趣旨を諒承していたのである。

以上によりみると、自動車臨時運行許可申請に対する許可は熊本県陸運事務所長たる被告人福山嘉吉の職務権限に関する事項であり、自動車販売業者等の右許可申請は正当な職務行為発動の要請ではあるがいわゆる請託に該当し、許可申請の際の同事務所に対する正規の手数料以外の金員の供与は右許可に対する代償たる性質を具有するものであるから、熊本県陸運事務所長たる被告人福山嘉吉が自動車販売業者の自動車臨時運行許可申請に際し右業者より同事務所に正規の手数料以外に職員の交際費等に当てるべき金員を供与させて申請を許可すれば、刑法第一九七条の二の第三者収賄罪が成立するものといわねばならない。

そして、同被告人が右所為を罪とならないものと信じていたとしても、それは単なる法律の錯誤であつて違法の認識を欠いたに過ぎないから犯意の成立を阻却するいわれはなく、かかる事由は毫も本罪の成立に消長を及ぼすものではない。記録を精査しても原判決に法令適用の誤、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法第三九六条に則り本件各控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 臼杵勉)

被告人福山嘉吉の弁護人高良一男の控訴趣意

第一点原判決判示第一、第二、第三、第五には重大な事実の誤認、法律解釈適用を誤つた違法がある。

(一) 原審証人宮崎源二の供述記載に依れば一般乗用旅客自動車運送事業経営免許申請は陸運事務所が申請書を受理して之を陸運局に申達し、申請に対する認可却下は局長の権限になつて居る事実が明らかである。右申請書は所定の用式があつて用式所定の事項が記載されていたら必ず受附けなければならない事になつて居り、陸運事務所としては用式を整えて居るかどうかを見る丈にしか過ぎない。受附けた申請書は旧法当時と同じ様に五日以内に局に申達するのが通例である事実、経営免許申請が認可になつたら認可になつた旨の書類は局から陸運事務所を通じて申請者に交付する事になつて居る事実も明らかである。昭和二十八年十月道路運送法が改正された後は陸運事務所は自動車運送事業経営免許申請に関しては前記の事務以外は何等関与する事はなく、本件贈賄者の右申請に付いて被告人が側面から認可になる様運動をしたと認められる事実も全くない事が明らかである。

(二) 原審証人柿内武光の供述調書並に被告人の上申書の記載に依れば陸運事務所の予算には目の細分として会議費がある。然し会議費は福岡陸運局で昭和三十年度分十二万円、三十一年度分十九万円しかなくその為会議費は全部局の方で使用して陸運事務所には配布し得ない実情にあつた。一方当時熊本陸運事務所に於ては三十年度の行政整理に伴い事務所の職員を国有鉄道へ復帰させるため、熊本鉄道管理局等と屡々打合会を開催した事や、昭和三十一年二月一日から実施された自動車損害賠償保障法の制定の趣旨徹底と之が実施の円滑を図る為運輪省から法律の立案担当者。福岡陸運局から局長はじめ関係者が参集して南九州地方の説明会を開催、会議場の借り上げ料等種々の出費が嵩んでいた事実、昭和三十年七月以降同三十二年三月迄福岡陸運局員の熊本陸運事務所管内への出張件数は百六名が二百九泊して居る事実、その外の上級官庁からの出張員を加えたら相当な人員になると思料される、その都度事務所は大なり小なりの接待をするのが慣例であつた事実が明らかである。前記の通り局の方からは一銭の会議費も配布されて居ないのに実際は諸種の会議が開催され、又多くの出張員を迎えて居る実情からして陸運事務所長としての被告人は其の費用の捻出に苦慮して居た事は火を見るより明らかである。事務所が交際費関係の支出問題で苦労して居る事が昭和三十一年会計検査院の検査の結果判明し、その為本省でもこれではいかんと言う事であり、当時全国会計課長会議でも議題に出た為三十一年からは事務所にも或程度会議費をおとしても良いと言う事になつたので三十一年度は事務所に壱万円宛会議費を配布した事実が認められる。

(三) 原審公判廷に於て取調べた証拠に依ると

1、辻元光は警察員に取調べを受けた直後従兄弟の辻正信に対し「南署の刑事から贈賄の事実があるだろうと言うので、ないと言つたところ云々十万円やつたろうがと言い、言わんなら言わんでも良い署に入れると言うので世間的な体面もあり、自分が今入る事にでもなれば決算も出来なくなるので困つたなと思いその前にその問題で何人かの人が二、三万円を贈つたと言う事で挙げられて居る事を知つていたので二万円位やつたと言つて了つた方が良いと思い言つた。」旨を告げて居り之に対し正信はどうしてそういう馬鹿な事を言つたかと返事して居る事実や、当時取調べに当つた浜崎喜一等は陸運事務所の事件捜査は一段落したので慰労出張旁々投書に基いて辻正之を取調べた事実からして慰労出張をさせる程の事件の捜査に当つたと言う自負と一の功名心から捜査に無理があつたと言う事も想像に難くない。本件判示第一に関し被告人は事実無根を主張したが長期の勾留に依る心身の疲労と判示第七、八の事件を寛大に取扱つて貰う考えから検事に迎合して辻から受取つても居ない金員を受取つた旨述べた事実からして本件は金員の授受はなされていないと思料します。此の点当公廷に於て立証します。仮に金員が授受されているとしても認可になつた後の授受であります。

2、原判示第二のデンソー電気洗濯機は昭和三十年七月頃当時の被告人自宅に届けられた物であり、吉井大可が一般乗用旅客自動車運送事業経営免許申請書を提出したのは同年三月二十三日で既に被告人の所管を離れて四ケ月位経過した時期である。吉井大可の真意が被告人の妻福山ソヨが病弱の為其の見舞の意味で贈つたのか、免許申請を認可して貰い度い趣旨で贈つたのかを詮議する迄もなく被告人の職務権限と全く離れた時期に於て贈られた品物である事実からして本件は収賄罪を構成しないと思料します。

3、原判示第三、第五の金員は何れも運送事業経営免許申請が認可になつた後の授受であり前顕(一)に述べた通り当時接待費の捻出に苦慮して居た事務所としては所長である被告人初め事務所の幹部は各自手分けして接待費の調達に当つて居た事実が認められる。本件は経営免許申請が認可になつた業者に対し事務所が接待費がなくて困つている事情を打明け事務所に協力を求め其の了解のもとに授受されたものであり此の点昭和三十二年三月十六日附丸野[木芙]の司法警察員に対する供述調書の供述記載に依つても明らかであります。尚此の点に付いては当公廷に於て立証致します。

以上の事実を彼此綜合して考える時原判示第二を除く爾余の金員は当時所長であつた被告人に贈られたのではなく自動車運送事業経営免許申請が認可になつた業者に対し事務所に接待費がない為事務所の幹部が其の捻出に苦慮して居る実情を訴え事務所に協力方を求めその了解を得て事務所に寄附して貰つた金員であり、その使途も会議費や接待費に充てられて居ります。原審が這般の事実を看過して収賄罪を以て問擬したのは事実誤認法律の適用を誤つたもので到底破棄を免れないものと思料します。尤も原審に於て取調べた証拠に依れば被告人自身の自己接待に多額の金員が充てられた様に疑われる点がありますが被告人自身出張旅費や会議費が足りなかつた為村田幸雄から八万円と五万円都合十三万円借り受け外被告人が住宅を購入する為鉄道共済組合から借りた六十万円の金は肥後銀行春日支店に普通預金にして其の通帳と印鑑を昭和三十一年七月以降当時の村田係長に保管して貰つて接待費等不測の支払の場合随時融通する様にして置いた事実、其の預金通帳からは十万円余融通されて居る事実を考える時本件金員は被告人の自己接待費に充てられたとは思料されない。

第二点原判決判示第四、第六には重大な事実の誤認があり其れが判決に影響を及ぼすことが明らかである。

1、判示第四の吉井大可が小型車輛一台増車に付いて事業計画変更認可申請書を提出した事は被告人の全然関如しないことであり、右申請は被告人が知らない間に申請書が提出され、当時被告人の部下であつた富安昭哉輸送課長の許で認可になつて居る事実は事業計画変更認可申請書(原審に於ける物証)自体に依つて明らかであり、吉井大可の右壱万円が被告人の職務に関し授受されたと言う事は授受当時被告人は全く知らなかつたと思料されます。此の点も当公廷に於て立証致します。

2、原判示第六の石崎日出男から受取つた弐万円は同人の昭和三十二年三月十六日附司法警察員に対する供述調書並原審第十四回公判廷に於ける供述調書の各供述記載に照らし本件は石崎日出男と村田幸雄との間の純然たる貸借関係と思料されます。即ち石崎と村田は予てからの知合いの間柄であり、本件弐万円を授受する以前にも両名の間には金銭の貸借関係があつて其の借金は返済されて居る事実が之を裏付けるものと考えます。仮に右主張が理由がないとしても前顕第一点の(二)に述べた通り当時熊本陸運事務所に於て接待費等の捻出に所長以下幹部が苦慮して居た時期であり本件も被告人自身に贈つた金員ではなく吉井大可、石崎日出男が事務所の窮状を見かねて事務所に協力する意味合に於て出費したものと思料します。此の点も当公廷に於て立証致します。

第三点原判決判示第七、八には法令の解釈、適用を誤つた違法がある。原審に於ての被告人の主張は違法性の認識がないから無罪と言う主張に尽きると思料します。即ち

1、原判示第七に付いては前顕柿内武光の供述調書記載並に三宅緑の上申書の記載及第一点(二)に述べた事実に依り明らかな通り当時熊本陸運事務所は会議費の細目はあつても実はなかつた。一方上級官庁からの出張や諸種の会議が開催されて居たので其の費用の捻出に頭を痛めて居た矢先だつたので局の方から事務所の予算科目の目の庁費の細分中雑役務費として十万円を配布して貰い、雑役務の細目から三万円を自動車修繕費に充て、残りを接待費に流用して居ります。右十万円の中から幾らかを会議費に充てる事は局の了解を得て居るばかりでなく予算運用上同一の目内の細目間の流用、本件に於ては雑役務費と言うと会議費と言う細目間の流用は資金受渡官吏として被告人の権限に属する事項であり、被告人としても細目間の流用は会計法上適法と言う考えを以て流用した事が明らかであり、此の点に於て本件は違法性の認識を欠き横領罪を構成しないものと思料します。流用に付いて上級官庁のあんもくの了解のあつた点も亦当公廷に於て立証致します。

2、原審証人増田梯介、同柿内武光、同島田照悟、同高野又男の各供述調書の供述記載主に被告人の上申書の記載に依れば原判示第八の金員は自動車臨時運行許可申請に対する事務所の事務を円滑にする為夫れ迄五十円であつた手数料を五十円上げた百円とし、前記事務に従事する従業員を新に採用して其の給料に値上げした手数料を充てると言う事は陸運事務所と業者の会議で決められた事実が明らかである。

即ち熊本陸運事務所の定員数と管内自動車の数は

昭和二十三年 定員三十九名 自動車 二、三八五台

〃 二十八年 〃  十八名 〃   八、一三五台

〃 二十九年 〃  十七名 〃  一四、五八一台

〃  三十年 〃  〃   〃  一九、六一四台

〃 三十一年 〃  〃   〃  二一、九三七台

となつて居ります。自動車台数と業務量は正比例的に増加しなくとも少くとも夫れに近い増加を示す事は日常経験則上明らかと思料します。然るに熊本陸運事務所の前記定員と自動車台数を比較検討して見る時行政整理の為とは言え自動車数二千三百八十五台当時三十九名もあつた定員が自動車の数が四倍乃至十倍位になつて居るのに拘らず逆に定員は半分近い数に減員されて居ります。此の様な条件の下での公務の遂行は至難事に近かつたものと思料されます。従つて所長としての被告人が之を克服するのにどんなに苦心したかは想像に余るものがあると考えます。行政整理で人員を減員された各陸運事務所は業者から事務費を供出して貰つて事務の渋滞するのを免れて居た実情にありましたが被告人としては業者から人を供出して貰つて公務を遂行させると言う事は穏当でないと考えたので管下の業者に集つて貰い、事務所が人手不足で臨番事務等急を要する事務が当時の状態に於ては業者の要求に応じ切れない事情を話し自動車臨時運行(臨番)許可申請の手数料を五十円値上げして其の値上手数料で事務員を採用してその給料に充てる事を諮つたところ、反対する業者は居なかつたので右の方針通り新に事務員を採用して臨番事務に従事させ、其の結果臨番の申請が円滑に運ぶ様になつたので業者は喜んで居た実情にあります。右の経緯からして手数料の五十円値上げは事務所と業者が臨番事務の円滑な遂行と言う点丈を考えたものであり、之が犯罪を構成すると言う事は被告人はもとより業者も夢想だにしなかつた事実が明らかである。従つて本件に付いては違法性の認識は全くなく、犯罪を構成しないと思料します。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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